Micの血統書
Micを入手したブリーダーから「国際公認血統証明書(Certified Pedigree)」が届いた。社団法人ジャパンケネルクラブが発行するものだ。犬種(Breed)はビーグルで、国際登録番号があり、「血統登録台帳」上でのMicの名前は「インパクト オブ キヨスミソー ジェイピー(Impact of Kiyosumisow JP)」。
「キヨスミソー」というのは、ブリーダーの人が好きな房総の清澄山からとって犬舎の名として国際登録してあるもの。母犬の系列にすべて付いている。
そうかそうか、お前の本当の名前は「インパクト オブ キヨスミソー ジェイピー」という大層なものだったのか、と呼びかけるがソファーの上で解体寸前のスリッパを囓るのに忙しいMicはキョトッとこちらを見ただけだ。
血統証明書には父(Lanbur's Super Sport)、母(Nancy of Kiyosumisow JP)はもちろん、それぞれについての父母(祖父母)、さらにそれぞれについてのそのまた父母(曾祖父母)、計14犬の名や毛色などが登録番号とともに記されている。
う〜ん、私は、父方母方の祖父母、あと父方の曾祖父は蕉門の俳人で多少資料が残っているから知っているが、それ以外の曾祖父母などの名などまったく知らないなあ。
さて、少しまじめな話。
ここでいう「血統(Pedigree)」は単に誰それの父母はという意味での「家系図」のようなものではない。「犬種(Breed)」とそれに基づく「純血種」という概念を前提としている。
だからこそ「血統書」をありがたがる人がいるわけだ。
古代エジプトの絵画に今日われわれがグレイハウンドと呼んでいる犬に似たものが描かれているからといって、あるいは唐代の后妃が今日われわれが狆と呼んでいる犬に似たものを抱いているところが描かれているからといって、あなたのグレイハウンドや狆がその子孫などではまったくない。今「犬種」とされているどのものも、他の犬種と違う独自の祖先がいたわけではないことは、ミトコンドリアDNAによる分析研究ですでに明白になっている。
「犬の遺伝子プールは、何万年もの進化の過程で、世界中でよく混ぜ合わさって、均質な大海のようなものになっている。たがいに離れ離れの別々の地域の狼集団が、いくつかの段階で混ざり合い、遺伝子が地球の一方の端から反対の端まで漂っては、また戻ったりしてきたのだ」『犬の科学—ほんとうの性格・行動・歴史を知る』(スティーブン・ブディアンスキー著・渡植貞一郎訳・築地書館)
わずか200年前でも犬は機能別(牧羊犬・狐狩り犬・軍用犬など)に分類されているだけで、特定の「犬種」という概念は存在しなかった。
1848年になっても、イギリスのあるブラッドハウンド愛好家は、交配に際して「犬種を維持する原則」を守る仲間がほとんどいないことを嘆いている。
1870年に初めてケネル・クラブが設立され、80種の犬を分類して登録した。それまで犬の交雑を防ぐようなものはなにもなかった。
「『犬の血統』は古くさい言葉であるようだが、実は最近の概念である。犬の十万年におよぶ歴史を通じ、およそ95%の期間は、犬の交配はほとんど無作為なもので、地球規模で遺伝子は混合されていた。残りの5000年のうち98%の期間は、大まかな目的のための大まかなタイプの犬を作出するような繁殖計画が立てられはしたが、交雑と異系支配の形で遺伝子の混合が継続的に進行した。最近の1、2世紀になって初めて、純粋性を目的にして純粋なものを繁殖するという考えが定着したのである」(同上書)
近代になって「人種」という概念が作り出された後を追い「犬種」という概念が作られた。
そして「人種」という概念が、生物学的なものではなく、社会的・イデオロギー的なものであり「人種差別」と必然的に表裏の関係にあるように、「犬種」「純血種」「血統」などという概念は同じ「差別」のイデオロギー構造のなかにある。
なお、現代の遺伝学の知見によれば、いわゆる「純血種」は先天的な虚弱体質になりやすく、高い活力を示すのはハイブリッド(交雑種)である。
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