1年生の最初の授業クロージングへ
4月の新学期からやっている1年「画像」の授業が、26日でクロージング。
今晩はサーバーへの課題データアップ締め切り。なのにサーバーは2度もダウンし、学生たちは指示通りになかなかやらず正直かなり苛つく。
学生に理解力や記憶力や制作力が無いとは思わない。大事なことを理解したり覚えて実践しようという熱意や集中力が足りないのだ。メモやノートする習慣も薄い。
だいたい人の話をあまり聴いていない。話したそばから今話したことそのものを質問される。これは重要だよと言ったことを全然学習しておらず翌日は覚えていない。
4月12日に書いたように、今回の授業も授業ブログを立て、40名の各学生にブログを持たせて、すべてのステップをトラックバックを付けさせアップさせながら行った。
課題の条件、チェック項目、アップの仕方等も必要なことは口頭で言うだけでなくブログで詳細に指示した。だからそれを順を追ってやりチェックすれば、デザイン内容の良し悪しは別にして必ずできるはずなのにその通りになっておらず、6回も再アップする者がいる。サイズも解像度もカラーモードも違ったまま帰ってしまうものさえいる。
デザイン作業は決められた条件のなかで進められる。特に今はコンピュータを使い、デザイナーの守備範囲は広く、昔のように他の工程のベテランが補ってくれるわけではないのだから、少しでもサイズや解像度やカラーモードやファイル形式の設定などが異なれば、もし実際の仕事だったら多大な時間と費用のロスになるし、他工程に迷惑がかかる。決められた期日に納品ができなければ次は仕事はこない。
だからずぼらで細部に注意力が払えないものにデザインの仕事はできないのだ。
もうひとつ問題なのはコミュニケーションの基本的なマナーと能力の欠如。
人が説明しているときに別の質問をしようとするもの(話し聴いてんの?)、誰かと話しているのに割り込んでくるもの(友だちどうしで雑談してるわけじゃないんだよ)、自分から私のところに来るのが当然だろうに遠くの席から横着に呼ぶもの、自分がやりたいことや何が問題なのかを的確なことばで説明できないもの(今の時点では用語・タームをあまり知らないせいもあるにはあるが、基本的には伝えたいという熱意の問題)…。
デザインするということがどういうことか、そのために必要な考え方、知識、技法やコンピュータ・リテラシーなどはこれからいくらでも学べる。しかしそれ以前のこれらのことをまず入学して初めの授業で姿勢・態度としてきちんと学んで欲しいと願う。
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コメント
高味さんの同僚としまして、学生たちの反応に対する不満足感や苛立ちは、さもあろうかと同情に堪えません。
「人の話を聞かない」「集中力がない」・・・また雄さんがコメントを寄せておられるように「ずぼらで細部に注意を払えない者にデザインの仕事はできない」傾向など、思い当たることは多々あります。
しかし他方では、指示されなくても黙々とメモを取り、素朴で愚直と受け取られることに怖じず質問する学生たちもいることを、当然、高味さんもご承知のうえだと思います。
『画像』の授業は、敢えて1年生の最初の演習でデザインの意味を考えさせることを主眼にしておられると考えます。
多くの場合、「子供の時から絵が好きだった」「美術が得意だと言われた」というような動機でデザイン学科に進学した人たちにとって、さっそく、コミュニケーションの原則を踏まえた思考と表現のプロセスを組み立てていくことは、相当の難題でしょう。
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がらりと本音ですが
いーじゃないですかあ。学生が全部デザイナーになってどうするってんですよ。
でも、後から「化ける」人材もいることです。
どうぞ、お見限りなく・・・
投稿: 小笠原 | 2005.05.26 00:40
単行本編集者としてデザイナーと仕事をする身として、「ずぼらで細部に注意を払えない者にデザインの仕事はできない」というのは、まったく同感です(同じことは編集者にも言えますが)。
幸い、私が仕事をしているデザイナーには、そういう人はいませんが(過去にはいました)。というより、細部に注意がいかない人は、結局、仕事の中で淘汰されているのでしょう。
編集者の仕事は5%の才能と、95%の実務能力だと思いますが、デザイナーにも同じようなことが言えるかもしれません。
投稿: 雄 | 2005.05.25 16:20