かいひん荘鎌倉のライトアップ(鎌倉由比ガ浜)
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海を望む稲村ガ崎R134沿いに夜はライトアップされた建物が美しい正統派イタリアン。1980年、鎌倉駅西口のカフェ・ロンディーノ(鎌倉御成)のオーナーが開いた。
2階はコースのみ、1階はアラカルト。
本日の魚料理。旬のアイナメ。分量も調理法も相談にのってくれる。2人で150gを香草焼きグリルで。
身の際立った白さが品のある味を引き立てる。
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桜は人手による園芸種が数多くあり分類のしかたでは数百種にのぼるが、もともとはヤマザクラ、ヒガンザクラ、オオシマザクラの3系統。日本に自生するが、さらにもとをたどればヒマラヤからきたらしい。
ヒマラヤの桜の原種は西へは向かわず東に進んだ。桜と一緒に受粉を媒介する鳥や虫たちも来たのだろう。中国大陸では生育条件があわず、朝鮮半島ではチョウセンヤマザクラというちょっと寂しげな花木としてかろうじて残った。そして日本列島の四季と豊かな水のなかでたまたま根付いた。気の遠くなるような長い年月をかけているだろう。
ほとんどの人が桜と言えばソメイヨシノをイメージし、気象庁の桜開花予報などもこの種を基準にしている。しかしソメイヨシノという品種はできてたかだか150年(江戸末期とも明治初期ともいわれる)しかたっていないもの。
万葉の歌詠み人や平安貴族が愛でた桜も、「願はくは 花の下にて 春死なむ その二月(きさらぎ)の 望月(もちづき)のころ」(西行・山家集)の桜も、豊臣秀吉による有名な「醍醐の花見」や元禄の江戸町民の上野や王子飛鳥山の花見の桜も、そして桜の開花具合をなによりも農耕のための大事な指標としてきた人々にとっての桜も、今のソメイヨシノなどではむろんなく、ヤマザクラ、ヒガンザクラの系統だった。
ソメイヨシノの出自ははっきりしない。エドヒガンとオオシマザクラとの交配種で伊豆の植木屋が発見したとも。染井村(現東京都豊島区駒込・巣鴨の北部)という菊人形発祥の地ともされる植木職が集まるところで初めて売りに出され、初めはヨシノザクラと呼ばれたが、それでは奈良吉野山のヤマザクラと紛らわしいとソメイヨシノに改名されたという。
接ぎ木がしやすい、成長が早い、どこに植えても一斉に咲く、葉の前に花だけが咲いて美しい、などにより日本中に広まった。しかし人手によるこの種は弱く寿命も短い。以前は100年ほどは保ったが今はせいぜい50年ほど。戦後すぐにたくさん植えられたところなどは近々ほぼ同時に枯れていく。
提灯がぶらさがり人出の多い段葛の単調なソメイヨシノ並木には興味がないので、大町八雲神社横から祇園山に登る。
雑木林の山路でときおり出会うヤマザクラが楽しみ。
「桜朧(さくらおぼろ)」ということばがある。
満開の桜の花が遠くもんやりおぼろに霞んで見えるさまをいう。
これからしばらく鎌倉旧市街を囲む山々の桜朧が美しい。
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本日のココログの「バージョンアップ」と称するメンテナンスによって、この記事を含めた過去記事の一部に「続きを読む」リンクが自動的に貼られてしまいましたが、私のブログは全文表示をしているため「続き」はありません。
またコメントがアップされても「最近のコメント」に反映されないようです。トラックバックもそうかもしれません。
近々ココログはやめ、Movable Type環境に移行する予定です。
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Micは子犬の頃からシャワーは問題ないが水には入りたがらない。
雨あがりの散歩のときも水たまりはよけて歩く。
由比ガ浜にほんのひとまたぎのごく浅い流れがそそぎこんでいるのだが、脚をふんばってどうしても渡ろうとしない情けない表情のMic。この後すっかりおとなしくなってしまった。
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館山早物にある「愛犬と楽しむ宿・しぶごえ館山」はある施設の保養所だったかなり古い建物なので「設備はしょっぱい」(宿のスタッフの人の言)のだが、食事は本格フレンチ風。
都内のホテルで長らく仕事し、出身地の館山に戻って房総街道沿いに地場の素材を使った手作り料理レストラン「エピス」を開いている高木シェフが、その店はもっぱら弟子にまかせ、この宿の夕・朝食を作りにきて腕をふるっているのだ。
この日の夕食メニュー。
前菜はサザエのブルギニヨン、自家製豆腐、春鰹のタタキ。
アサリのチャウダーをはさんで、金目鯛とヤリイカのポワレ、青海苔ソース。
牛ヒレのキャベツ包み、ブラックペッパーソース。
デザートにチョコレートムース、アイスクリームチョコチップ入り。
パンも自家製ライ麦とフランスパン生地のもの。
犬もそばに繋いでおけるのだが、コーギーくんともっと遊びたいMicは騒いで吠えるので、しかたなく部屋のケージへ。
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西伊豆の松崎は「なまこ壁」の町。あちこちの住宅、土蔵、橋に使われている。
なまこ壁は、保温、防湿、防虫や火災や盗難予防のために工夫され伝えられた。平瓦を竹釘で打ち付け、目地を漆喰で格子状に盛り上げるように補強したもので全国にさまざまな形のものがある(なまこ壁のあるまち)。江戸時代初期、武家屋敷の長屋や長屋門の壁に使われたのが始まりという。
作るには高度の漆喰技術と多大な手間がかかる。
上は明治の呉服豪商、中瀬邸。町が買い取り、当時の呉服や調度などを展示している。
中は江戸末期造の近藤家。
下は「伊豆の長八美術館」のもの。全国から集まった現代の名工たちが腕をふるって作ったという。
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国際交流基金は昨年度から「地中海・アラブ音楽シリーズ」を開催し、第1回はイラク人ウード奏者ナスィール・シャンマ率いるグループの素晴らしい公演が行われた。
第2回として、現代アラブ古典音楽界の最高峰といわれるロトフィ・ブシュナーク(歌手・作曲家・ウード奏者)とその楽団をチュニジアから招き、今月下記4都市での公演が予定されている。
チュニジアの伝統的なマルーフ音楽だけでなく、各地の民謡、アンダルシア、中東、ヨーロッパなどの音楽も柔軟に吸収し、作曲と世界各地での演奏を通して「アラブ歌謡の大使」と呼ばれるロトフィ・ブシュナークの歌とアンサンブルを生で聴けるのは楽しみ。
●東京公演
2006年3月18日(土) 19日(日) 丸ビルホール
●岐阜公演
2006年3月22日(水)岐阜県県民ふれあい会館サラマンカホール
●京都公演
2006年3月23日(木)京都市北文化会館
●大阪公演
2006年3月26日(日)河内長野市立文化会館ラブリーホール
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増山たづ子さん(写真上・楠山忠之氏撮影)が7日に亡くなったと知った。享年88。合掌
増山さんは1917(大正6)年、岐阜県の旧徳山村に生まれ育った。
戦前に同村の人と結婚したが応召され、1945年インパール作戦で行方不明に。
戦後、養父と農業をしながら民宿を営む。
徳山村は岐阜県の西北端、福井県と接する山村。揖斐川の源流地。1987年に廃村、藤橋村に編入。
もう50年も前から、中京地域の利水のためという名目でここに日本一のダムを造る計画が進められてきた(未だ未完で、その必要性そのものがあらためて問われている。当初目的の水道、工業用水の需要はすでに頭打ちで、治水などとこじつけているが治水の一番は山の樹木を大事にすることと、自然の摂理に逆らった護岸工事を止めることだろう)。
計画が本格化した1977年、61歳の増山さんは「行方不明の夫が帰ってきた時にダムになっていたら説明の仕様もない」と思い、消されていく村を記録しておこうと一念発起する。当時発売された「猫がケッコロガシても写る」ピッカリコニカを買い、フィルムの出し入れもよくわからないまま村の風景や人々を撮り始める。
『増山たづ子 徳山村写真全記録』(影書房・1997)を取り出してあらためて見る。
1985(昭和60)年、住み慣れた村を後にするまでに撮った写真は7万枚余におよぶという。
写っている村人たちはみな親愛の眼をレンズに向けてよく笑い、そしてなによりも、山と木と川と土とその恵みと共にある様が刻み込まれていて胸をうつ。
「町の者から見れば『あんな山の中のどこが良うて』と思うだろうが、私たち(アンラ)には大事な故郷で、お互い助けあい、物がなければゆずりあい、嫌な仕事でも結(ゆい)をして、笑って唄って働きました。生活は貧しくても心は豊かでした」
見事に咲き誇る桜の古木が無惨に刈り倒され、水を蓄え水を作る豊かな山の樹木は丸裸にされ、残された株も力尽きて山肌が崩れ落ちる。
沈む運命にある先祖の墓に白い晒(さらし)を巻いて去っていく人々…
われわれは後世のために一体何をやっているのか?
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このブログで使っているNiftyのブログサービス「ココログ」が、9日10時から今10日16時まで延べ30時間にもわたってログイン不能状態だったため更新できませんでした(今現在私はログインできましたが全部ではないかもしれません)。
この間コメントやトラックバックをされようとした方はエラーメッセージが出てできなかったはずです。私が謝ることではないのですが、もしこの間コメント等されようとした方には申し訳ありません。
Nifty-ココログ側のメンテナンスのやり方や障害対策、ユーザー、読者への情報提供、対応はとても悪いと言わざるをえません。傷害情報報告ブログというのを立てて多少の経過説明をしましたが、続報もなくユーザーの怒りのコメントが殺到するのも無理ないでしょう。
ちょっと先にログを取ります。
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PowerBookを四六時中持ち歩き、移動中の連絡・やりとりもエアエッジでパソコンメールを使っている私の生活の中で携帯(ケータイ)の占める割合は非常に小さい。ケータイで文章を打ち込みたくもないから携帯メールも使わない。それに自宅のマンションの室内では繋がらない。そもそもこちらの都合を考えないでかかってくる電話というメディアがあまり好きではない。まあ外では、あれば多少便利というくらいの存在。
2年以上使っていた「INFOBAR」のバッテリーが半日と保たなくなり機種変更で「neon」に。
同じ深澤直人さんのデザイン。
表面に時刻や着信時には登録アドレスの名前がLEDで赤いネオンのように表示される。遊びでアニメーションや季節に合わせたメッセージも。142種類の絵柄があるという。
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こごみ。
草蘇鉄(くさそてつ)の若芽が巻いている様子を「かがんで(こごんで)いる」と見立てて。
私は倉本聰「北の国から」ファンだったので、「こごみ」というと児島美ゆきさんが演じた「こごみ」さんがすぐ頭に浮かぶ。
令子(いしだあゆみ)と別れ、幼い純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)を連れて故郷富良野に戻った黒板五郎(田中邦衛)がつかの間懇ろになり蛍の顰蹙を買う。
その後帯広あたりに行っていた設定だが、井戸を掘っている五郎のところに来ての場面が大好きだ。
富良野を訪れたとき「こごみ」という店を見かけ、もしやと思ったら児島美ゆきさんが関係されている店だった。そこで購入した落ち葉入り和紙灯りはまだ使っている。
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フランス・リモージュの絵付けの魔術師パトリック・オドゥヴァール(アトリエ・チューリピエ)が描いた梅の絵柄のリモージュ・ボックス。
商品ではなく昨年来日したとき作ってもらった一品もの。
昨春北の天満宮を案内したとき満開の梅の花に感銘を受けその印象を描いたという。
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あす3月3日(金)〜5日(日)に多摩美術大学造形表現学部デザイン学科2006年度卒業制作選抜展、題して「カミノゲセンバツ0六 デザーン!」が表参道エクスレルムで開催されます。
会場のスペースとの関係等もあり、展示できない他の優秀作品もいろいろありますが、上野毛デザイン学科学生たちの可能性の一端をぜひご覧になってください。
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