はま善(鎌倉由比ガ浜)-10
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母の日。最近脚の調子が悪い母を長谷大谷戸の住宅街にあるステーキの店「毘沙門」に連れ出す。
今日のヒレステーキは岩手牛。とても柔らかく、和風ダシで余分な脂を切り、ご飯、味噌汁とよく合う。
普通の家のリビングだから他のお客さんとともに夕飯にお呼ばれの感覚。
庭に山からおりてきたアライグマ。
以前住んでいた佐助の山の上の家にもときどき現れた。
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佐助の住宅街路地奥の一軒家。
オーナー夫妻の日本画と人形が飾られた座敷で。
前菜のピクルス、ダイコンのビール漬けからデザートまで、大根料理のみのコース。
大根は日本料理特有の食材ではもちろんなく、そもそもカフカスからパレスティナが原産で世界中で栽培・食用されている。世界各地の海岸に野生するハマダイコンと呼ばれるものも栽培ダイコンと同一種とされる(海岸性ダイコン、内陸性ダイコン、栽培ダイコンの関係史はまだよく解明されていない)。その後何百種もの品種に分化した。
日本の鹿児島・桜島ダイコンは世界最大の丸型品種で20Kg以上にもなり、大阪・守口ダイコンは世界最長で、直径は2〜3cmだが長さは1.5メートルにもなる。二十日ダイコンは明治以降の移入。
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私が鎌倉で一番好きで大切に思っている店田楽やに、Partnerを初めて連れて行き女将に紹介する。
店を始めて今年で40年。大学を出て就職したばかりに来始めた馴染み客が皆定年を迎えている。
35周年は鎌倉パークホテルで盛大に祝ったのだが、40周年だというのにプロデュースする人がいないよう。
秘伝のたれにつけて食べる椎茸、銀杏、柚子味噌で焼いた豆腐。外側こんがり中が柔らかい鶏レバー、葉山で今朝揚がった子持ちカレイ。縁側はカリカリ、身はほくほく。
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夕食時になってもダイニングテーブルいっぱいに仕事のものを拡げていたので、なにか外で、と浅草染太郎鎌倉。
単に一方的にサーブされるのではない、ちょっとした調理・料理感が味わえるというのがお好み焼きのいいところのひとつなのだろう。もやしとキャベツなどというシンプルなものもおいしい。
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はま善の大将に前日声をかけ、秋刀魚を仕入れてもらう。
8月にオホーツク、北海道沖を南下し、9月には東北沖に達する。
青森八戸に揚がった本来は刺身用のものを塩焼きに。
この時期のものは10月の房総沖ものほどはまだ脂がのっていないがやはり秋の訪れの味わい。
はらわたの苦みと塩味が混じり合い、スダチとたっぷりの大根おろしと醤油が引き立てる。
「さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか」と佐藤春夫は歌った。
昭和30年ころの東京では、七輪で秋刀魚を焼くもうもうとした煙があちこちの家々から秋の夕暮れの路地に立ち上っていた。
18世紀はじめ刊行された江戸時代の百科事典である『和漢三才図会』には「魚中の下品(げぼん)」と記され、江戸時代には季題にされない。
秋刀魚焼く匂ひの底へ日は落ちぬ 加藤楸邨
秋刀魚黒焦げ工場の飯大盛りに 山崎ひさを
秋刀魚の腸(わた)苦しこの世に男女(なんにょ)あり 窪田佳津子
江戸の空東京の空秋刀魚買ふ 摂津幸彦
嘘一つ握りつぶして秋刀魚焼く 勝田澄子
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夏季食欲減退対策第7弾。
これはもう夏バテ解消の定番。つるやの鰻重。
※すでに一度書いているので、読んでおられない方はこちらをどうぞ。
昨年から今年、気候の不順、台風地震などの影響か稚魚が不漁で苦労している、と1929年(昭和4年)創業以来の味を守る三代目のご主人が言う。
下は創業時から使い続けている鎌倉彫の重箱。
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6月30日付けの写真と同じものかと思われるかもしれないが違う。
こちらはうどんやきしめんの2倍以上の手間がかけられた手打ち冷や麦。
いずれも小麦粉が原料なのだが、うどん、きしめん、冷や麦、と打ち方が違うだけで味わいも異なる。
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「百苑(ももぞの)」の春の味わいは書いたが、これは夏の「氷きしめん」。
暑さで食欲が無いときもするする食べられる。
1cm巾ほどのきしめんは冷やし用に薄く打たれる。たっぷりの氷で締められ、歯ごたえ、喉越しとも絶品。
葉山の筍、富士山麓の地鶏、地場の海老。
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若宮大路二の鳥居そばの古い雑居ピルは、チープな階段を2階に上って突き当たりまで行くと雰囲気が変わり「もり崎」の扉に格調がただよう。
鎌倉には和風ということになると有名な懐石料理や旨い小料理・酒菜の店はいくつかある。
しかし、永く日本料理の路を歩み、6年半前にここを開いたご主人は言う。
鎌倉には、奇をてらわず季節の食材を生かす本来の料理を追究している店ってほとんど無いんですよね。私は始めからそれをめざしています。
それと、友だちどうしで飲みに行くような店は他にいろいろありますが、ちょっと大切なお客を呼んで料理を味わってほしい、というときに来て頂ければ。
鎌倉の農家から入手する野菜は、築地の市場のものに比べて味が濃いんですよ。だから濃い味付けをする必要がない。ちょっと塩茹でしただけで十分においしい。
写真は4種ある昼膳のうちの「四季彩膳」。
手付き籠に3種の小鉢。鎌倉沖の生しらすやめじ鮪が旨い。
二段重に四季の食材十種。季節御飯、汁、青果、水果。
小鉢は「うるか」なのだが、鮎の白子、卵にさらに白海老を加えてあるため、柔らかな舌触りに卵のプチプチした食感が加わる。柚子を芯にした干し柿の巻きもの。蟹脚。作ったなかで7割ほどしかいいものはできないという見事な煮梅…。
新潟から仕入れる米は自ら精米する。
ビール、というわけにはいかない。昼だが新潟の特別純米・鶴亀と。
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たまにトンカツが食べたくなる。
鎌倉で私が食べるのはこの「小満ち(こまち)」(小町通り)のヒレカツか、以前書いた「勝烈庵」(西口)のロースカツ。
獅子文六は『トンカツ談義』というエッセイで、
「ポーク・コットレットなんていうと、どうしても気分が出ない。あれは、どうしても、とんかつであり、カツでなければならない。トンカツは純然たる現代日本料理である…世界中でトンカツが一番うまいのは、わが国である。」と息巻き、いかなるポーションをいかにして揚げるかについて、一流のトンカツ屋はずいぶんな研究と精進をしているだろう、と記す。
老舗「小満ち」のヒレカツも、あらためて見ると、高座豚ヒレ肉をこの大きさや厚みに切るについてはおそらくたどりついた必然性があり、衣は薄くさっぱりした揚げ上がりも、自家製の辛口ソースも、永年の精進、研究の結果なのだろうとたしかに思わせる。
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子どもの頃、信州に遊びに連れて行ってもらうときに食べる信越本線・横川駅の峠の釜飯が大好きだった(特に山ごぼうの漬け物)。使われたという覚えはないが、家の食器戸棚には持ち帰った陶製の釜がいつもいくつか置いてあった。
小料理屋や居酒屋が釜飯をメニューに取り入れるようになったのはずいぶん後だと思う。
長谷駅前通りの「まつもと」は常に7種の釜飯(秋には松茸、栗も加わる)が食べられる。
炊きあがるまで15〜20分はかかるが、出汁とからんだふっくら炊きたて飯は旨いのでボリュームもあるのだが少食の私でも全部食べてしまう。
写真は五目釜飯。といっても具は7種(海老・鶏肉・筍・椎茸・銀杏・人参・サヤエンドウ)。
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その日の刺身、焼物、揚げもの、酢のもの、煮物など、地元オーガニック素材を使った一品一品がとてもリーズナブルな価格で供される。
鎌倉駅小町踏切傍に春木屋の後を受けて8年前オープンした心地よい空間。
この店ではメニューに「●」印しが付いているものは、一人用の小皿・小盛が用意されている。旨いものを少しずつ食べたい少食の私にはとてもうれしい。
この晩は、芋焼酎「島黒」、エシャーレットの突き出し、鎌倉産茹で空豆、ゴーヤのおひたしポン酢かけ、ひらめの昆布〆、玄米と野菜とチーズのサラダ・トマト添え(写真のもの)。
パプリカ、ズッキーニ、タマネギなどが玄米と良く合い、ゴーヤチャンプルー、地鶏スープの雑炊など魅力的なメニューもあるのだが、私には今晩はじゅうぶん。
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鎌倉裏駅側、今小路の「竹扇(ちくせん)」は、見た目気取ったところの少しもない、ごく普通の街のお蕎麦やさんという店構えで、メニューもそば、うどん、丼ものひとわたり揃っている。
が、侮ってはいけない。ここは創業80年を越す、三代にわたって味を守ってきた老舗だ。
毎朝打つそばはコシは強め。日高昆布、宗田鰹などで丁寧に出汁をとったつゆがいい。
たっぷりの練り白胡麻タレで食べる胡麻せいろが私は大好き。この日の写真はそばだが、細うどん、太うどんにすることもできる。
ソバ(タデ科の一年草)が栽培された起源地は、近年の研究では現中国の雲南地域であるようだ。
栽培ソバには日本のものも含め世界中広く栽培されている「普通ソバ」(別名甘ソバともいう)と「ダッタンソバ」の2種がある(同じ野生種から分化)。ダッタンソバは普通ソバに比べ苦みがあるのでニガソバとも呼ばれる。モンゴル系の遊牧民である韃靼(だったん=タタールの音訳)人が中世ヨーロッパに伝えたのでこう名付けられた。
ダッタンソバは現在は中国雲南省、四川省、チベット、モンゴルの山岳地帯で多く栽培されている。日本そばよりビタミンPの一種であるルチンという成分を多く含み、まあよくわからないが、毛細血管を強くして脳機能の衰えを防ぎ、高血圧、心臓病、動脈硬化予防などに効くそうなのだ。
で、食後に「ダッタンそば茶」(写真下)もポットで頼み、脳機能が衰えないようありがたくいただく。
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鎌倉とろろ茶屋でも書いたがとろろが大好きだ。
で、鎌倉でももっとも老舗だろう麦とろの店がここ。三十余年になる。
ガイドブックにも載らないし表の無愛想な看板(deux mille deuxの写真に写っています)だけ。急な階段を登らねばならず、観光客がふらっと立ち寄るようなところではない。地元御成の旦那衆がごひいき。
けれど入れば気さくな店。
大きなすり鉢で深みのある出汁とともに摺り下ろされるとろろと麦めしは至福。素朴な味わいの目刺し焼きと一緒に。
下は出汁が切れて麦とろを食べられなかったときに注文した鰺フライ。実にサックリとした食感の揚げ具合が絶妙。
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若宮大路と小町通りをつなぐ小路に店を構えて五十余年。酒と地場の肴や野菜の旬の小料理。
今はカウンター9席、2席の小テーブル、8名ほどの小上がり。
かの川端康成や小林秀雄、久米正雄などかつての「鎌倉文士」たちが足繁く通った。
川端は静かに飲んでいそうだが、小林がクダを巻くとどうだったのだろうか。
今週の週刊文春の高島俊男「お言葉ですが…」に小林秀雄の講演テープの話しが出てくる。
「何となく『精緻』という感じを持っていたが、話は正反対で、『粗雑』であった。乱暴で武断的で、時にはほとんど無茶苦茶」なのだそうだ。しかしこれが寝る前は一番で「さあ今夜もオッサンの威勢のいいタンカ売を聞こうか」とふとんに入ってかけるといくらも進まないうちにスーッと寝てしまう。中身は粗雑でも語り口は練達。稲垣足穂が「テキヤの親分だ。夜店のアセチレン灯のにおいがする」と評したのが首肯できるという。
この晩の突き出しは煮こごり。味噌を付けて炙ったミョウガ田楽、新潟碇ヶ関の根曲がり筍焼、冷やしトマト、石鯛茶漬け。酒は熊本芋屋の芋焼酎、名も同じ「長兵衛」。
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ヤマノイモ、とろろ汁が大好きだ。
以前、長野県の根羽村で自然薯(じねんじょ)掘りの名人に同行させてもらったことがあった。歩き回り植生を観察し蔓を見つけ出す。傷つけないよう注意深く丹念に1メートルほどのものを掘り出す作業は小一時間はかかっただろうか。一般的な商業ベースにのるものではない。
写真は「鎌倉とろろ茶屋」(91年オープン)の「とろろづくし膳」。
茨城の自然薯のとろろ汁、鰹と昆布の出汁でのばす。麦飯。千葉の大和芋での湯葉巻き揚とろ、磯辺巻揚とろ、まぐろ山かけ、青森の長芋での梅千本。にんじんや大豆と合わせたひじき、茶碗蒸し、味噌汁、香の物。
芥川龍之介は、『今昔物語集』(平安後期)のヤマノイモ(自然薯)の粥をもとに『芋粥』(1916/大正5)を書いた。
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前日ほとんど何も食べなかった後(よくある)、鎌倉女学院向かいの「日文(ひふみ)」に行って栄養補給。量ではなく多菜で旨いものを食べたい。
ここは創作和料理とでもいったらいいのか、肴から米、野菜、塩、水など素材もよく吟味され、盛りつけも本当に美しい。
下のように書き出すととんでもなくたくさんに思われるかもしれないが、どれも少食の私でも無理なく食べられてしまう分量。
この日の「馳走」
先附╱蛸とオクラの苺酢
前菜╱寄せ豊月・明日葉の胡麻和え・生順才落し芋
小鉢╱掬い豆腐とふっ子(スズキの子)の酒蒸し・茶線独活・寸葱・針生姜
焼き肴╱甘鯛新緑焼き・蚕豆蜜煮・塩昆布・木の葉新生姜
炊合せ╱敷味噌仕立て・黒皮南京鶏味噌・芝海老白ダツ・ミニアスパラ・茄子麩・油菜心
お好みの一品╱桜鱒の実そば鍋
食事╱生姜御飯・味噌汁・香の物
デザート╱柚子のシャーベット
※写真は桜鱒の実そば鍋
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身体の中からなにか脂っ気が抜けてしまったように感じるとき、突然とんかつが食べたくなったりする。
鎌倉で私が行くのは、小町通りの「小満ち(こまち)」か、裏駅側・御成の「勝烈庵」。
小満ちはヒレカツが旨いが、勝烈庵はロースカツ。
本店は横浜馬車道。昭和2年、外国人コックが居留地関内にもたらしたカツレツを、特製の生パン粉や、野菜と果物を2日間煮込んで1日寝かせるというソースで和風に仕上げた初代以来の味という。
まあ私は食べたいと思うときしか食べないから満足している。
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天ぷらは江戸の頃は屋台で供される立喰いの庶民の食べ物だった。
寿司と同じように、現代では高級化と低廉化の二極になりつつある。
鎌倉で天ぷらといえばまず老舗の「ひろみ」。
おまかせなどのコースのカウンター席は2日以上前からの予約が必要だが、テーブル席では気楽にさまざまなメニューから選べる。
小津安二郎は当時の松竹の俳優たちを連れてよく訪れた。天ぷらをつまみに熱燗と先代の主人、奥さんとの会話を楽しみ、最後に天丼を食したという。
小林秀雄は昼の散歩の途中や夜ゴルフの帰りなどに寄る。昼は決まって天丼で、かき揚げ、穴子、メゴチだけが載っている特注丼だった。この天丼がいつしか「小林丼」と呼ばれメニューとなった。
「ひろみ」のてんぷらは胡麻油をたっぷり使っていて香ばしく、少し狐色にカラッと揚がっている。活車海老、タラの芽、キス、ワカサギ、アスパラガスなど。写真のものにはさらにミニかき揚げ丼が付く。
酒は福岡の焼酎「蔵の平太」。スペイン産シェリー酒の樽で作るのでブランデーのような芳香がする。
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鎌倉で私が一番好きな店だ。
今の所に越してくるとき囲炉裏をしつらえたのもこの店の影響だ。
なぜ好きか。旨い?もちろん!
それだけではまったくなく女将に惚れ込んでいるからだ。
秋田出身の女将が小町に店を開いて来年で40年になる。女将が焼き、美人の娘さんが奥で下ごしらえする。
坂ノ下のパークホテルで開いた35周年記念パーティーのときには数百名の馴染み客が集まって祝った。
小さな古い建屋の一角で、囲炉裏三方あわせて十名しか座れないし、皆必ず腰を落ち着かせてしまうので入るのは容易ではない。
基本は田楽(でんがく)。京の田楽は味噌を付けず、それはそれで洗練されているのだが、ここの田楽は野菜、魚に味噌(味噌・柚子味噌・山椒味噌)を付けて囲炉裏の炭火脇に串を立てて焼く。里芋、椎茸、豆腐、ネギ、ピーマン、茄子、銀杏、鶏、鶏レバー等々。椎茸のタレなどは絶品だ。魚の場合は魚田(ぎょでん)という。季節にあわせ、かます、かれい、えぼだい、やりいかなど日々替わる。味噌が炭火にじりじりと炙られることで風味が増し、魚の身はほくほくとしてこの上なく美味。
冬場はボリュームたっぷりのきりたんぽ鍋がメニューに加わる。
女将は人生の練達であり、特に若い人への伝統的な食の伝道者であり、客の観察家であり、相談者であり、ときに辛辣な批評家だ。
食と食物にいい加減な態度をとる客、横柄な態度をとる客に穏やかななかにも厳しく応対するさまをこれまでずいぶん見てきた。
繰り返すが私の中でもっとも大切にしている店。
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長谷駅近くの「以ず美」は、店のたたずまいからして、寿司職人の凛とした求道感と気配り、そして清潔感に満ちている。
白木ではなくどっしりした欅を削り上げ漆で仕上げたカウンターと椅子。つけ場には指物職人の腕が光る見事な檜のネタ箱がいくつか重ねて並び、手間のかけられた鮨種が整然と納められている。
ご主人の神代三喜男さんは寿司職人歴30年を越える。目黒の「いずみ」で先代の故・佐藤勇さんを師として修行した。この店名はそれを受けている。
神代さんは私の好きな「職人の風貌」をしている。鮨にかける気迫、執念、あくなき努力といったものが面貌と立ち居振る舞い、素材と道具の扱いにひしひしと感じられるのだ。
けれどけっして偏屈などではないし、えらぶってもいない。むしろ気さくといっていいから緊張せず安心していい。
素材は築地で選ぶ。五島の鯖やアラ、大間の本マグロ、羽田沖の穴子、明石のタコ、青森のアンキモ、根室の白魚など季節に応じて徹底して吟味されている。
「仕事」ということばはプロ野球の選手が活躍したときに「いい仕事をしましたね」などと使われるようになったので、使い方が難しくなってしまったのだが、寿司職人の世界で「仕事」といえば、元の鮨種にさまざまな手を加えることを言う。
神代さんの「仕事」は、あくまで素材の良さを生かしながらも、独自の工夫をこらした一手間、二手間がかけられている。
ヅケ、5種もの酢を使い分けた酢締め、昆布締め、煮詰め、煮切り、湯切り等々。
さらに、たとえば白イカに少しのスダチと上質な岩塩を付けて旨味を引き立てたり、トコブシに刻み山葵を合わせたり、と感嘆はつきない。
ひとつずつ出される姿形は実に美しい。鮨は目でも楽しむものだ。
歩いてすぐの町内にこれほどの江戸前鮨の名店があることはとても幸せだ。
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鎌倉大仏の裏手は両側が山となっていて長谷大谷戸(おおやと)と呼ばれる閑静な住宅街だ。30年ほど鎌倉裏駅近くで営業してきた和牛ステーキ・しゃぶしゃぶ専門店『毘沙門』が昨年1月からこの奥にある自宅を改装して夫婦でやっている。
普通の住宅だから知り合いの家を訪ねるように玄関でチャイムを鳴らし、靴を脱いでスリッパをはき、20名ほど席のあるリビングに通される。一角が仕切られて調理場にされており、ご主人が鉄板に向かう。谷戸の緑が庭になっている。
仕入れる牛肉は価格を一定に抑えるために相場によって替わる。米沢牛、仙台牛、熊本黒毛和牛など。
きょうのサーロインは宮崎黒毛和牛。上質の脂がしたたっている柔らかい切り身を、からし醤油かポン酢に付け、ご飯、味噌汁と和風に食する。
ところで、BSEを契機に昨年成立した「牛肉トレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報管理および伝達に関する特別措置法)」は、まず生産〜屠畜段階で施行されていたが、今年の12月1日から流通〜販売段階にも施行される。
販売店はもちろんだが「特定料理提供業者」(焼肉・しゃぶしゃぶ・すき焼き・ステーキを扱う飲食店)にも適用される。
これらの店では店舗の見やすい場所に、その日提供している料理に使っている牛肉の個体識別番号またはロット番号を表示しなければならない。
牛の個体識別情報検索サービスサイトにアクセスして、たとえばご主人から教わった10桁の番号を入力してみると、この日食べたステーキ肉は平成14年3月12日生まれの黒毛和種の去勢雄、宮崎県児湯郡川南町の荒瀬義晴さんによって飼育されたもので、今年9月17日に都農町のミヤチク都農工場に搬入、同日屠畜されたものであることが分かる。
携帯にも対応するようになると、焼肉を食べながら客が個体識別番号を入力して確認するなどという光景がみられるようになるのかな。
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1987年頃か、まだ鎌倉に越してくる前、鎌倉を散策中にとても風情のある割烹を目にした。銭洗弁天に抜ける佐助隧道にわかれる路を右に行った扇ガ谷の山つきにある閑静な邸宅が並ぶ一角、もう一本北側からの路だと小さなトンネルを抜けたところだ。庭のたたずまいの素晴らしさが生け垣越しにもうかがえた。
御成の「さがみ包丁処 とり一」で「地鶏キジ焼重」(写真)を食べながら店主の川崎肇さんに昔の話を聞いていたら「静かな谷戸 雅な庭(味のかくれ里 割烹とり一」という往時のパンフレットを見せていただいた。表紙に写っているのはまさにその割烹だった。女優の林美智子、作家の永井路子などが賛辞を寄せている。
昭和とともにそこは閉じ、1989年(平成元年)御成通りに店を開く。元になった1948年(昭和23年)創業の鶏肉店「とり一」(藤沢の契約農家で飼っている平場飼いの地鶏を売る鎌倉でも有名な店、弟の息子さんが今は切り盛りする)は斜め向かいだ。
川崎肇さんは鎌倉飲食研究会の会長でもある。800年前、鎌倉の武家料理はどのようなものだったか、を文献にあたるのはもちろん考古学者、陶芸家などに相談し「北条弁当」というメニューで再現した。
当時は豆味噌や醤油がまだ無く、味付けせずに蒸したり焼いたりした食品に粗塩や梅酢、麦から作った穀醤などを付けて食べるのが一般的だったらしい。「口中調味」が基本のようだが、もちろん現代人向けに味付けもされている。
京の「雅」に対して、鎌倉は見てくれより食して滋養になる質や実を追求したという。
10月から3月までメニューに登場する「鳥ちゃんこ」は誰もが満足する。
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19年前(1985年)に、元寿司職人・板前が由比ガ浜通り、鎌倉文学館前に小さな店を開いた。いわし料理専門店「はま善」だ。
いわしは鎌倉近辺でもたくさん穫れる。鎌倉坂ノ下(由比ガ浜の西隣り)の漁師が彼に薦めた。これだけ穫れても使い道がない。いわし料理の店をやったらどうか。
彼は漁師やそのかみさんたちにとれたてのイワシの旨い料理法をいろいろ学び独自の工夫を重ねた。
今では定番だけで15種類ある「はま善」のいわし料理は、したがって料亭や小料理屋の技ではなく、漁師・漁村の知恵が元になっている。
ちなみに定番は、つくね焼き、刺身、南蛮漬け、つみれ汁、たつた揚げ、塩焼き、お好み焼き風、梅たたき、ユッケ、山家焼き、なめろう、チーズ焼き、にんにくバター、蒲焼き丼、スタミナいわし(この他に裏メニューもある)。
小坪を中心に腰越や、いいものを求めて時に三浦半島の佐島、長井まで足を延ばす。
もちろん、いわしだけではない。
たとえば今日は「とろかつを」「鎌倉伊勢エビ」「あわび」「エボダイ」などがある。
写真は左から、シコイワシ(カタクチイワシの子ども)の沖漬け、サザエの刺身、かつを茶漬け。
埼玉の「神亀」、山廃仕込み「菊姫」、盛岡の絞りたて「亀ノ尾」とともに味わう。
沖漬けは「はま善」特製のタレにつけたもので実に柔らかい。サザエの刺身は口に入れると磯の香りが拡がり、コリコリとした食感が壺焼きとはまったく違う。元が板前だから包丁さばきも盛りつけも美しい。肝はこれとは別に壺焼きにしてくれる。とろかつをの分厚い切り身が入った茶漬けで締め。
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鎌倉でそば処というと、雪の下の「鎌倉一茶庵」「たけや支店」、大町の「竹之家」、扇ガ谷の「そば処五島」、小町の「なかむら庵」といったところか。そばもラーメンと同じく人によって好みが違うのでどこが一番というようなことはいえない。
段葛の東側にある「段葛こ寿々」(だんかづら・こすず)も名物「わらび餅」とともにそばも旨い。
昭和初期の一軒家の茶道具屋を改装してあるので、開業してまだ8年ほどとは思えない雰囲気を出している。
辛味おろしそばも好きなのだが、きょうは「こ寿々そば」。
そばは国産玄そばを自家製粉して手打ちしている。三つ葉のきざみ、大葉、上質の天かす、海苔、大根おろし、ゆずがそばに盛られていて、これにつゆをかけて食べる。
「わらび餅」もとても評判がいい。沖縄黒糖から自家で作る黒蜜ときな粉を付けて食べると本わらび粉ならではのぷりぷりした弾力感が味わえる(これは箱詰めでも売っている)。
由比ガ浜通りにも甘味処「由比ガ浜こ寿々」がある。私は甘いものはだめなので行ったことはない。
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老母を連れて腰越(こしごえ)の満福寺に墓参りに行く。母は杖をついて脚をかばいながらなので普通の人の五分の一くらいの早さでしか歩けない。墓は階段の上にあるのだが、幸い最近昇降機が取り付けてある。
満福寺には義経の「腰越状」と伝えられるものがある。
鎌倉時代の公的記録である『吾妻鏡』に全文が載っている。真偽は定かでない。
宇治川、一ノ谷、屋島、壇ノ浦と平家との戦いで圧倒的な勝利を収めて鎌倉に凱旋しようとした義経は頼朝に鎌倉入りを拒まれる。鎌倉殿に断り無く官位(検非違使尉=判官)の授与を受けたこと、頼朝の目付役梶原景時の義経専横慢心の訴え、平家滅亡ののち頼朝に唯一従わない平泉の藤原秀衡を義経がパトロンとしていることなどが因とされる。
1185年5月、この腰越で義経は、自己の功績と頼朝への忠誠を切々と(というかくどくどと)書き連ね(弁慶に書かせたともいう)提出するが容れられない。追放となり刺者も差し向けられる。京に戻った義経は叛旗を上げる。しかしもともと奇襲ゲリラの軍事戦に長けてはいても「郎党」を持たず、組織や政治にはまったく疎い個人プレイヤーであった義経のもとに馳せ参ずる者はほとんどいない。頼朝はここぞとつけ込む。京に大軍を派遣し、義経を頼朝への牽制に利用した後白河法皇たちを脅しあげ、朝廷に対する武家のヘゲモニーを一気に握っていく。
義経が衣川館で自害して果てるまであと4年、頼朝の鎌倉幕府開設まで7年だった(NHK「その時歴史が動いた」風)。
鎌倉は海に面しているが、東から材木座、由比ガ浜、七里ヶ浜とずっと砂浜で港にできるところがない。由比ガ浜は遠浅で波風が高く難破する舟が多かったので、北条泰時の時代には飯島崎の海上に石を積み築港した(現在「和賀江島」として跡が残っている)。
唯一、鎌倉の西端の腰越(鎌倉時代、京ー鎌倉往還の最初の宿駅がおかれた)は、不動岬(こゆるぎさき)から江ノ島にかけての腰越ノ浦が漁港となっている。
鎌倉で地場の魚といえばこの腰越と小坪(逗子)で揚がるものだ。
腰越には地場の魚料理の旨い店がいくつかある。
フレンチ風に料理するレストラン「鱗亭(りんてい)」、古くからの網元が経営する「しらすや」、創業100年の食堂「かきや」、ちょっと中に入るが「貝魚亭」など。
「しらすや」は満員だったので「かきや」の開店を待つ。江ノ電が唯一路面を走る腰越ー江ノ島間の道路沿いだ。
母は「しらすかき揚げ天そば」私は「しらす三昧(静御前)」を頼む。
しらすのかき揚げはさくっと揚がっていて美味。釜上げしらす(沸騰した湯にくぐらせた後空気にさらすのでいわゆるシラス干しとは違う柔らかな食味となる)がふんだんに載ったそば、ショウガ醤油で食べる生しらす(海からあげた時点で冷水と塩で身をしめる)。生しらすは鮮度が命なのであまり流通はしない。生きてはいないが噛むと口の中ではねるようだ。
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突然きしめんが食べたくなり、長谷大仏通りの「むつ富」へ行く。きょうは「地鶏せいろ」。
50年前、新宿ステーションビルに日本そば屋を出店しようとしたら、既に同業がいて受け付けられなかったところ、ちょうど名古屋大須の老舗きしめん屋が後継者がおらず、伝統の製法・仕入れ・職人ごと売り出していたのを受けて創業したのが始まりという。以来吉祥寺を経て6年前に長谷に移転。
良質の小麦粉、いっさい無添加、名古屋コーチンは出汁にはいいが肉がやや固いので使わず、那須と宮城の地鶏を仕入れる。醤油も小さいところだが200年来製法を守っている信頼できるところのもの。
淡泊なきしめんの喉越しと、だし汁のきいた柔らかな地鶏の味わいの濃厚さがいいバランスになっている。
食べ終わって、残りの付け汁に湯を入れてもらい飲むと旨い。
最近は、讃岐うどんに押されて名古屋でもきしめん専門店が少なくなっているという。
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前の日、よくあることだが1食しかしなかったので、今日は由比ガ浜通りの「つるや」で鰻重を食べる。
できあがるまでに40〜50分はかかるので、電話しておいて頃合いを見て行く。
なぜこんなに時間がかかるかというと、浜名湖から仕入れ、井戸水の中に一週間ほど放して、余分な脂や泥臭さを落とし身が締まった鰻を、注文を受けてから取り出してさばき、焼き、蒸し、1929年(昭和4年)の創業以来少しずつ付け足して使い続けているタレに三回は付けて馴染ませ、備長炭でじっくり焼き上げるという工程を律儀に守っているからだ。
鰻の脂と辛口のタレがほどよく焼けた香ばしさと身の実にほっくりした食感は他の店ではまず味わえない。私にとって鰻といえばこの店だ。
どのガイドブックにも載っているが、川端康成をはじめとする「鎌倉文士」たちや、往年の大女優・田中絹代がひいきにしていたという。
田中絹代(1909-1977)といっても今の若い人はほとんど知らないだろう。
1924年(大正13年)14歳のときが映画デビューだから、私にしても同時代の俳優として知っているわけではない。
溝口健二「西鶴一代女」「雨月物語」、木下恵介「楢山節考」、小津安二郎「彼岸花」、市川昆「おとうと」などの田中絹代は、学生時代以降、日本映画の歴史を意識的に観直しはじめてから「発見」したようなものだ。
かろうじて死の3年前の熊井啓「サンダカン八番娼館・望郷」(1974・当時64歳)は封切りで観て、老婆役を演じきった凄みに感嘆した覚えがある。
新藤兼人「小説田中絹代」(今手元にないので正確は期せないが)によると、彼女は毎週月曜日に「つるや」を訪れて鰻重を食べ、女主人とひととき話していく、というのが決まりだったそうだ。1977年、ガンで亡くなる1週間前に入院先の目黒の病院から婦長と一緒にタクシーで食べに来た、という話も「ぶらり鎌倉—ちょっといい味いい話」(藤井宗哲/みずうみ書房)に伝聞として出ている。
つるや創業の1929年(昭和4年)が、田中絹代(当時19歳)にとって新進気鋭の小津安二郎「大学は出たけれど」での主演を果たし、人気スターの座を得た年であることも、彼女にとって意味があることだったかもしれない。
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きのうは1食しか食事をとらなかったので、きょうはすぐ近く(鎌倉文学館前)の「小花寿司」へ行き、特上ちらし(二段重ね)を食べることにした。
私は東京の高級寿司店はほとんど行かないし(もちろんそんな金が無いせいもあるが)、少ない体験からいっても、どうだ畏れ入ったか的雰囲気と客扱いの陰湿な差別と「通」ぶった客のふるまいとべらぼうな金額等々によって嫌いだ。
小花寿司は、たいがいの観光ガイドブックにも出ているほど鎌倉でも有名な寿司屋だが、そういう店とはまったく違う。
ご主人と息子さんが板を預かり、おかみさんが手伝う、家族的な生活感のある寿司屋だ。
しかし素材の良さ(地元小坪と築地で選ぶ)と丁寧な包丁さばきは、東京の高級店に決して負けないだろう。
伊集院静氏と結婚して鎌倉に住んだ夏目雅子さんも常連客だった。
写真は「特上ちらし(二段重ね)」。この他に、お通しとして今日は豆あじの南蛮漬け、そして吸い物が付いている。
何種になるか数えてはいないが、新鮮な魚貝がぎっしりとかつ美しく詰め込まれた重と、胡麻、海苔、卵焼きの千切りが載ったすし飯の重が、ふだんは少食な私の食欲を刺激した。
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